ことばのおもしろさ研究所

語学好きな母ちゃんが、子どもの言葉の成長と外国語学習の奥深さ、心に響いた本なんかを記録しているブログ。

朝の不機嫌モードと登園渋り

朝、グズグズと登園準備に時間をかける。急かしたり手伝うと地雷を踏んで更に時間がかかる。来て〜!食べさせて〜!で、自分の支度に手が回らない。

 

幼児さんアルアルかな?

 

イチくん(5歳)朝に限らず眠いときのご機嫌がひじょーに悪いタイプなのです。

 

そのくせ早朝(太陽がまだ昇っていない時間帯)に目を覚ます。二度寝はしないから寝坊はない。けど、イザ出発の頃合いに眠くなってモンスタークレーマーと化すのです。

 

今朝の困った(デジャブ)

そいで今朝もそのパターンに。きっかけはささいな「不満」。

今回は髪型が気に入らない(父にヘアワックスでツンツクツンにしてもらうのが日課)ってんで、ごにょごにょぶちぶち文句を言いながら、朝食になかなか手を付けない。

 

それに対して父は「じゃあこうする?」「こうしたらどう?」と次々提案するも、ぶちぶち文句は収まらない。「とりあえずご飯食べれば」「幼稚園遅刻しちゃうよ」と話をそらそうにも、「でも髪型が気に入らない」と壊れかけのレコードよろしく、同じフレーズを延々と繰り返す。

 

そのうち母(私)を呼び出して、同じフレーズをまた繰り返す。私が何を返事しても、どんな態度をとっても、口から出る言葉は変わらない。

 

「もう、また眠くて不機嫌になってる」と指摘されると「眠くない!!!」と怒る。「ご飯食べないなら片付けるね」と言われて、ついに癇癪爆弾、エクスプロード。

 

Exploding Planet

 

今度は「鼻水が出る」「鼻水が止まらない」「かんでもかんでも鼻の中が気持ち悪い」と意識は鼻に集中。同じように、何を話しかけても、なだめようが急かそうが脅そうが同じことを言う。

 

これね、先週も「鼻水が・・・」でエラいしんどい目にあったのだよ。あの時は結局そのまま幼稚園に連れて行って、玄関の前で「休みたい・・・」と泣き出す始末。30分以上説得して、ようやっと登園できたんだよなぁ。

 

原因は「髪型」でも「鼻水」でもない

困ったことが(一旦解決したように思えても)似たようなパターンで繰り返される時、根本的な原因はソコじゃないぞってアラートが出てるってこと。

 

 さすが、我がマスター・ソン(5歳にして私の人生の師匠)。

今日の学びも深いです。

 

kotokotoba.hateblo.jp

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真の原因を考える時に、NVCの思考法はかなり有効だと思う。その場でパッと改善はできなかったけど・・・こうして振り返って言語化することで、「型」を身につける訓練中。

 

kotokotoba.hateblo.jp

 

NVCの思考法を応用して、こう考えてみた。

「髪型の不満、鼻水の不快感を訴えることで彼はどんなニーズを満たそうとしているのか」

 

言語化できない気持ちは、処理が難しい

息子は新しく通っている幼稚園で、まぁ、いろいろあって。

楽しいんだけど、不安で、ちょっと行きたくない。お友達と遊びたいけど、また嫌な気持ちになったらどうしよう、先生に怒られたらどうしよう。単純に「行きたくない」だけじゃない、色んな気持ちが入り混じった複雑な葛藤があるんじゃないかな。

 

感情ってやつは、野生のままだとコントロールが効かない。名前(ラベル)を付けて「把握」することで、手綱を握ることができる。握ってそのうえでコントロールできるかどうかはまた次のステップになるんだけど。

 

幼児さんってのは、まだ感情が野生のまま。じぶんを揺さぶる正体がソイツだってことにすら気付いていない。だから、どうすればいいかわからない。わからないなりにとる行動ってのは、たいていの場合逆効果だったりする。

 

息子は「幼稚園に行くという不安な気持ち」が根本にあって、それをどうにかしたい、「安心したい」というニーズを満たすために、鼻水だーだの髪型がーだの表現していた。

 

その結果、私は「そんなこと言っても幼稚園お休みできないからね」と不安を煽る。そして泣く。じゃあ、私が息子の「安心したい」というニーズを満たすには何ができるか?

 

ファーストステップ

先週は「幼稚園行きたくないんだろうな」と気付きつつも「いやいやだからと言って休んでもらうわけにはいかねぇ」って自分のニーズをなんとか押し通そうとして、結果、揉めに揉めたワケ。

 

でもファーストステップとしては上出来だと思う!そこから先、お互いのニーズをすり合わせてイイ落としどころを探るのが「コミュニケーション」。片方が押し通したり我慢したり、両方がしぶしぶ妥協しあうんじゃなくて、どこか共通項目を見つけ出す。

 

言うはやすし、これってばなかなか難しい。

でもやっと、そのムズカシイ「コミュニケーション」に挑戦できるステージが見えた。相手のニーズ(表面的な要求じゃなく、奥底にある欲求)はなんなのか、って視点があって、初めてスタートラインに立てる。

 

今までスタートラインにすら立ててなかった

 

 名越先生は「ニンゲンのコミュニケーションはゼロからのスタートどころか、マイナスからのスタート」みたいなことを言ってたけど、ほんとそう。

 

自分がゼロポイントにすら立てていないのに、それに気づくことも難しい。ムズカシイことを前提に、失敗を重ねることを前提に、「コミュニケーション」に向き合えると、意外に気持ちは楽になるかもしれない。

 

ネクストステップ

前回の失敗例をふまえて、今回は「安心させよう」作戦を実行してみた。抱っこして、文句を一通り聞いた。そんなにすんなり上手くはいかない(笑)

 

ソファに寝転んでしばし。父は「じゃあ落ち着いたんなら歯磨きしよう」と次の準備に進めようと促すけど、そうするとまた「でも鼻水が・・・」が始まるから、ちょっと待ってもらう。

 

こっちから解決策を提案しないこと

これが今回とった私の行動。「幼稚園行きたくないの?」とか「休みたいの?」「眠いから気分悪いんでしょ」とか、そういう感情の代弁(予測)も、しない!

 

今回は、これが良かったのか他の要因があるのか、前回と違うのは彼が自分から「今何時?」「幼稚園の朝スナックが食べたい」「まだ間に合うかな…」と言い出して、そこからは気持ちをとりなおして出発できたこと。

 

もしかするとまた同じようにグズグズする日もあると思う。めんどくさーーーって思うけど、練習は繰り返さないと練習にならない。

息子は自分の気持ちを整理する練習を。父は「解決してあげよう」というおせっかいを我慢する練習を。私は「前もこうだった!」とわざわざイライラポイントを見つけ出すことをやめる練習を。

 

変えられることと変えられないこと

気を取り直した息子と幼稚園に向かう道中、「あるなしクイズ」と称して変えられることと変えられないことを見分けようゲームをした。

 

雨が降ってくることと、傘をさすこと、変えられるのはどっち?日本語ちょっと変だけど(笑)こんなニュアンスのゲーム。フードコートであのお店のあのメニューは好きじゃない。でもお店の味付けは変えられない。でも美味しいご飯が食べたい。どうする?自分は何が変えられる?

 

息子、意外にそのへんの分別はあった。

 

自分の気持ちと、人の気持ち、変えられるのはどっち?

息子、「自分だよ」と即答。それを、私いっつも忘れちゃうんだよな。

 

「大人でも、変えられるのはどっちゲーム難しいんだよ」って言ったら笑ってた。癇癪中に「さあどっち!!」なんて言われても理性働いてないから、ご機嫌な時とか落ち着いてるときにちょくちょくゲームしてみようと思う

 

「そういう分別の仕方があるんだ」と心のどこかに残ってくれればそれでヨシ。思考は習慣ですから。