疑似体験(イメージ)の世界で右往左往しとらんかいな
勝間和代の、苦手なものほど魔法の方法を知りたがるけれども、そんなものはないわけ
自分自身の経験(=実体験)の大切さ!というキーワードが押し寄せてくる今日この頃。私は本を読んで、Youtubeを見て、情報サイトや誰かがまとめた経験談なんかを見て「わかったつもり」になってしまう傾向が強いんだけど・・・疑似体験と、実体験は、雲泥の差。どれだけしょぼくても、小さいことでも、結果的に失敗したとしても、やってみる、やってみた、という経験は自分のものになる。
アウトプットの重要性(とそのノウハウ)はもうベストセラー本にもなってるくらいポピュラーなんだけど。体験、実感を伴う経験、できてるかな?
学生の頃は「なんでもノート」みたいな常に持ち歩く一冊があって、そこに読んだ本やら気になった情報やら拾ったセリフなんかをぼんぼん放り込んでいた。
それだけでも、耳から耳へ、視覚で捉えた一瞬の残像にならずに何かしら掬えていた。
遊びがないと、なかなかできない。
Playの遊びもそうだけど、「余裕」とか「ゆるみ」って意味での遊び。頭のなかも、身体も、キュッキュに詰まってるとパフォーマンスすこぶる悪い。
今年はちょっと、やりたいことを見極めて、やることを絞らないとね。
そうそう、上のリンク先にある「重要度×緊急度」テーブルの活用方法、新たな視点を教えてもらった!重要度(高)×緊急度(高)をとにかく処理せなアカンのかと、単純に考えてたけど、ここはどんどん外注すればいい。
こればっかりこなしていたら、それだけに忙殺されてしまう。
フォーカスしたいのは、重要度(高)×緊急度(低)ゾーンのタスク。
【7つの習慣】3/6 ③大切な事を優先する〜時間の使い方には4段階ある〜
「とりあえずやってみる」の精神と「大事なことを優先する」「やらなくていいことはやらない」。この調停点を見つけるためには、自分に問いかけるしかない!成功者のセオリーも、他人の経験談も、とっておきの情報も、占いも、答えはくれない。
自分に訊く、自分を聴く、そんな時間、大人は持ててるんだろうか?
子どもも、もしかしたらそういう大いなるヒマさが持ててないんじゃないか?
大人は、強制的に時間を撮ろう。瞑想なり、スポーツなり、頭から離れて身体の時間を習慣に組み込むのが手っ取り早い。
子どもは・・・大人が環境を提供してあげる必要がある。大いなるヒマな時間にどっぷり浸かれる時間と環境を提供する。つまり、大人のおせっかいに邪魔されない場がひとつでもあればいいのよね。「教育的効果を期待」した有形無形のナニモノかを排除した空間が。